登壇者

■パネラー

関根健次氏 ユナイテッドピープル株式会社 代表取締役社長

西田亮介氏  立命館大学大学院 先端総合学術研究科 特別招聘准教授

吉野次郎氏  前ハーバード・ケネディースクール日本人会代表(大手広告代理店勤務)

■ファシリテーター

青柳陽一郎氏 みんなの党 衆議院議員

パネルディスカッション内容

-経済的な豊かさよりも、社会的な豊かさを目指そうという流れが出始め、昨今は、企業だけではなくNPOの活躍も目立ってきています。政治の流れや政府の政策にも、「新しい公共」という概念が出始めました。まず、この概念が誕生した背景を教えてください。

西田:「新しい公共」は2つの側面に分けて考えてもいいのかなと思います。一つは民間で公共を担っていこうという実態としての活動です。もう一つが、政策として、「NPOや地域の活動を、どうやって政治にしていこうか」というものです。
後者の「政策としての新しい公共」は、2009年に民主党が政権交代し与党になった時に出てきたものでした。当時、首相だった鳩山さんが、第173回の国会において所信表明演説を行いました。その時に使った言葉が「新しい公共」だったというわけです。
これのどこが重要だったかというと、伝統的に日本の首相が所信表明演説を行う時には、経済成長や安全保障に関わるテーマに言及することが多く、「内政」と言われる国内の生活に関わるような政策やNPOに関わる政策を、震災といった有時ではなく、平時において、取り上げることはほとんどありませんでした。この演説のあと、実際に各省庁が取り組む政策や予算の主題として「新しい公共」が繰り返し登場するようになりました。メディアも頻繁に取り上げ、この問題に対する気運が高まっていきました。関連して社会企業家という言葉にせよ、NPOにせよ、地域振興にせよ、取り上げられる機会が増えたと言う訳です。
政策としての「新しい公共」によって非営利セクターに対する資金の供給が増えました。おそらく総計で数百億円単位のお金が非営利セクターに新しく流れることとなったのではないでしょうか。それによってNPOの創業や小さい合同会社、合資会社を作りやすくなったということがありました。また寄付税制の改正が実ったのも成果です。これらだけで成功かといわれると議論の余地があるところですが、2009年頃から現在に至るまで続いている「新しい公共」の概略です。

-新しい公共は2009年以降に出てきた話で、最近の動きでありますが、関根さんは実践している立場として、制度面の話など、如何ですか?

関根:僕自身は株式会社でやっているので助成金はもらっておらず、一般企業として、会社の目的を社会課題の解決としているだけなのですが、一般企業ながらも、寄付サイトの運営をしている身として申し上げると、これまで、NPOやNGOにお金が集まりにくかった原因は二つあると思っています。
一つ目は「税制の問題」です。皆さんや企業が寄付をした時に、その寄付金が所得控除になるかどうか、会社にとっては損金の扱いになるかどうか。税制上、これらの扱いがかなり厳しめになっていたので、NPO・NGOがどんなに頑張っていても、寄付金が集まりにくい税制だったと言えます。
もう一つは、よく言われるように、「文化的な問題」があるかなと。でも、これは震災以降、解消されたと僕は思っているので、ハードルは税制ですね。お金が集まりやすい仕組みをどうつくるか。これを日米で比べてみると、面白い部分があると思います。

-日米の話が出ました。日本は政策的には1998年にNPO法が出来て、その後、認定制度も出来てだいぶ緩和されてきている。それでも、まだまだ日本は非営利セクターへの寄付は集まりにくい。それが震災を契機として少し日本人の感覚も変わってきたとお話がありました。アメリカの社会で実際に活動されてきた吉野さんから見て、どのように思われますか?また、アメリカは良い大学を出たら、社会起業家になるか、NPOで働くと言われ、寄付もすごく集まっている。このあたりも実際はどうでしょう?

吉野:まず、税制的なことで言いますと、日本の場合、サラリーマンは「源泉徴収」で勝手に税金を引かれてしまうので、既にその時点で税金をどこに払うかというインセンティブが少ないんですね。アメリカの場合は、「確定申告」で自分で税金を払うので、「エイズの子供を助けよう」と思えば、そこに寄付をしたり、根本的な仕組みが違います。
加えて、社会的な背景として、アメリカの場合、何もないところからスタートして「自分たちで国をつくっていく」という気概で支えられており、一方、日本の場合は江戸時代から続いている互助組合があり、税収があって、そこで生きてきたということがあるので、「自分たちで団結して自分たちを守ろう」というところに各自が責任と誇りを持っているところが大きく違うかなと思います。

関根:ハーバード大学の卒業生が最も就職をしたい先は、名だたる外資系の企業ではなく、「Teach For America」というNPOなんですね。人気の就職先トップ10の中に、NPOだらけという状況になってきているんです。アメリカのリーダーシップを取っていく学生たちがNPOを目指すことは何を意味するかというと、劇的にいま、会社、組織の在り方、また、社会が求めているものが変わってきているということです。もちろん、旧来の20世紀型の組織は残っている訳なんですけれど、そういう方向じゃない新しい方向に進行している。「21世紀型の組織」が少しずつ顕在化を始めてきているということです。
「Wikipedia」というサイトは、人類の知恵と英知として世界中の人が使っています。これは何を資本として成り立っているかと言うと、寄付だけなんです。事業収入ゼロです。広告もない。時折、寄付のキャンペーンをやっています。一人10ドル以上だったかな。そうすると、2週間もすると世界中からとんでもない額が集まってきます。なぜ、その寄付金が集まるかと言うと、役に立つからなんですね。誰がお金を出すかというと、市民が少額でお金を出している。
「21世紀型の組織」というのは、ある起業家が上場して株式収入で独り勝ちするというよりも、みんなで世界の役に立つサービスを支えるということ。まさにNPOのような「ボトムアップ型の組織」なのです。もう一つだけ事例をあげます。アメリカでいま、マスメディアの在り方が変わりつつあるなと僕は感じています。個人のジャーナリストたちが、大手のメディアに所属せずに、「こういうネタを取材したいから、寄付をしてください」と取材費をインターネットでマイクロファウンディングで集めるという動きが出てきている。「キックスターター」というWEBサイトがありますが、何かをしたい人が10ドル単位でお金を集めて、それを実行できるという、こういう新たなモデルが成立し始めています。

-関根さんは起業してからいろんなご苦労があったと思います。どの様にその壁を乗り越えられたのか。また、事業を進める時には人を巻き込んでいくのが重要だと思いますが、どうやって巻き込んでいったのでしょうか?

関根:僕は26歳の時に起業しました。もともネット系の会社に勤めながら、WEBサイトの立ち上げを経験しているので、起業した時は「年間1千万位の寄付サイトになるだろうな」と思っていたんですね。
しかし、いざ蓋を開けたら2万円しか集まらなくて、目標の500分の1からスタートしているんです。まさに、どん底です。(苦笑)
これをどうやって乗り越えてきたのかと言うと、諦めない気持ちを持ち続けたことです。僕は「自分のミッション、何のために起業して、何のためにやっているのか」ということを、かなり具体的に自分の中に持っているので、絶対にくじけなかった。
もう一つは、その気持ちを、どんな経済状況にあったとしても、「こういうミッションで、こういうことをしたい」としっかりと情報発信をしていったことかなと思います。その当時は、ブログみたいなものだったり、あとは、出会った一人ひとりに直球勝負、真剣勝負で、思いのたけをぐっと伝えていました。そうすると、例えば、NGOの代表を紹介してくれたり、出資を頂くようなお話があったりとか、一人ひとりが支援者になってくださりました。みんなの思いを頂きながら、みんなに返していくことを実践しています。
先程の話で、「これからは、21世紀型のモデルだ」と言いながらも、実は自分はまだ出来ていなくて、「開かれた会社をどう作っていくのか?」ということを課題として持っています。出資者がいるので、「上場しろ」と言われることもあるのですが、それは違うなと思っています。株主の利益の最大化は20世紀型で、21世紀型には違うやり方があるなと。いまはそこを模索しているところですけれど、もしかすると、ユナイテッドピープルという会社をNPO的にするということもあるかもしれない。
「ソーシャルリターン」という言葉も出てきていますが、お金で頂いたものをお金で返すのではなく、違う形の感謝で返していく。例えば、お米をつくっていたら、お米で返すとか。あとは、「ソーシャルインパクト」として、「これだけの子供が学校に通えるようになりました」という実際のインパクトをリターンとしていくこともあるでしょう。ここは課題としてまだ模索しているところです。

-西田さんに2つの側面でお話を伺います。いま、アメリカの大学生はNPOが就職先の上位に入っているというお話がありましたが、今の日本の学生たちは、就職観はどうなっていると感じていますか。もう一つは、関根さんが、「壁を乗り越える時に情報発信が一つのカギだ」と言われましたが、若い人たちのソーシャルメディアの使い方にはどの様な特徴がありますか。

西田:アメリカではNPOが新しい就職先として人気を博しており、日本ではどうなのかと言うと、僕が教えている大学では、基本的にそういうことは大きくは生じては無いと思います。ただし、これは雇用習慣の違いを考慮する必要があると思います。アメリカで、Teach For AmericaがGoogleを抜いて就職したいランキングNo.1になっていますが、実は、Teach For Americaへの学生の参加は時限付きです。貧困地域に優秀な学生たちを選抜して時限付きで教育をするべく送り込むわけです。
何を意味しているかと言うと、そのプログラムに採用されるということは、「優秀な学生である」というラベルをもらえることになります。しかも社会的に重要な意味を持つ教育というプロジェクトに、長期間フルタイムでコミットメントしたという称号ももらえます。つまり、学生にとっても、このプロジェクトに参加することに対して高いインセンティブがあることがわかります。NPOで働くことが次の、そしてときにより高い報酬を得ることができるキャリアを選択するためのステップになっているのです。
もう一つのソーシャルメディアの話では、若い世代は無防備ですね(笑) 無防備とはどういうことかと言うと、「キャリアに接続しているという可能性に対する、想像力が足りない」ということ。脱法行為やしょうもないよもやま話を大量に書き込んでいて、就活の直前に慌てて鍵付きのアカウントにしてしまったり、アカウントを削除してしまったりするわけです。
しかし、だからといって、若い世代に責任問題を押し付けるのは間違っています。なぜなら、メディアリテラシーや情報に関する教育はほとんど行われていないですよね。もちろん、中学や高校で情報に関する授業はあるんですが、ワードやパワーポイントを教えているだけなんです。最近では、「携帯のメッセージで実名を出すと危ないですよ」とか、「個人情報を書かないようにしましょう」といったことは教えているみたいなんですが、「積極的にキャリアとつなげていく」ための方法論や、「新しい情報を獲得するためにはどうすればいいのか?」といった教育は基本的にはなされていないのが現状です。残念ながら、実用的な情報発信や情報獲得をしている学生は極々限られた人に留まっていると思います。
でも、よく考えると、年長世代がこうした問題にさらされていないかというとそんなことはなくて、普通に同じ陥穽にはまっている。単に就活のように、問われる機会が少ないため、自覚したり顕在化したりする機会が少ないだけです。

-情報発信によって、社会やコミュニティが動いた良い事例はありますか?

西田:グッドプラクティスは勿論たくさんあります。先ほどマイクロファンディングの話がありましたが、例えば、世界一周をしたいという学生がいて、「世界の映像をとってくるので、旅費を出してください」と呼びかけ、実行しています。他には、Facebookを使っての就職活動が流行っていた時に、就職に関するメッセージを出しながら、様々な人につながっていき、就職サイトを使わずに就職をする学生が出てきました。面白い取り組みの一つですね。

関根:震災直後に、NHKの映像をユーストリームで流した中学生がいましたよね。

西田:そうですね。これはすごく面白い事例で、これまで、インターネットで地上波の番組を流すのは「タブー視」されていたんです。しかし、中学生がユーストリームで配信を始めて、どうかという話も出たのですが、NHKの公式Twitterアカウントである「NHK広報局(@NHK_PR) 」が「自分の責任でそれを認める」と言ったんです。その結果、中学生が永遠と流し続けた。これが契機となり、その後、各社のニュースがWEB上で配信されるようになりました。まさに画期的なことでしたね。

関根:あとは、Twitterで有名な津田大介さんが、震災まもなくして東北に入っていって、「何がいま現場で必要とされるのか?」を逐次報告しながら、必要なものが必要な場所に届くように、大手のメディアが報道する前に伝え始めました。ソーシャルメディアの活用により、現場の集合知を形成していると言えます。

吉野:私の活動を絡めて言いますと、ソーシャルチャレンジとは、「誰かが解決したい問題を、誰かが解決すること」だと思うんですね。
私はケネディースクールの学生を集めて日本に連れてきましたが、これは震災が起こる前から始めていた活動でした。しかし、その頃は他の人逹からの同調はあまり得られておらず、学生からも受けが良くありませんでした。次の年に震災が起こり、その後、僕と一緒に活動してくれるという女性が1名現れました。彼女は東北で育っていて、だからこそ、彼らを東北に連れて来たいという強い思いがありました。僕自身は、大学時代にゼミの幹事をやったり、社会人になってからは、お金を集めてフィリピンに学校をつくったり、そういう仕組みづくりの方が得意なんです。
一般的には、「思いを持っている人」と、「フレームを組み立てる人」は別に存在することが多くて、そこら辺が上手くマッチングすれば、ハイブリッドが起き、さらに良い活動が出来る。関根さんのように、たまたま両方が出来てしまう人もいますが、通常は「こういうことやりたいけど、やり方が分かんない」ということが多いので、そういう人たちが支え合って、助け合ってアクションを起こしていくのが良いのかなと思います。

-利益をどうやって還元していくのかで「ソーシャルリターン」という概念が出てきましたが、昨今では、経済的な豊かさから自己実現へのシフトとして、「国民総幸福量(Gross National Happiness)」が出てきていますが、西田さん、どう分析されていますか。

西田:これはなかなかデリケートな問題です。幸福度を測るのは必要だと思うのですが、幸福度と経済は別の話ですから、恐らく両方必要なんだろうと思いますね。
経済的な指標は「どれだけ国力があるか」として、基軸通貨に換算することで、客観的に比較可能な形で測ることができます。しかし、幸福度というのは極めて相対的な概念です。経済的に豊かな国の国民が必ずしも幸福ということではない。同様に、経済的には豊かではない国の国民の幸福度が高いという場合もありうる訳です。
何を物語っているのかというと、人がどういう状態において幸福と感じるかは、多くの変数によって左右されるということです。その意味を比較することにはあまり意味があるとは思えません。経済的に豊かではあるが、自己実現できないので不幸せにつながっているという場合もあるわけですね。ですから、経済的な指標から、幸福度を測る指標へのシフトはやらない方がいいと思います。両方測定するということはあり得ますが、経済的な指標をやめて、幸福度だけを測ったとしても客観的な比較には使えないかなと思います。

-実際に吉野さんはアメリカで生活されていて、このあたり、如何でしょうか?

吉野:色々な人がいますので一概には言えませんが、アメリカ人はそういうことはあまり考えずに、コーラも2L位で出てきますので(笑)、彼らはそれがハッピーな訳ですね。そういう意味でいくと、経済的な指数と幸福の指数はなかなか比べにくいのかなと思います。
日本は、「不安のない社会」の指数があるかなと思うんです。犯罪がない、家庭や、教育環境など、そういうとことに対して安心していると思えるか。それは職業に関わらず。こういう社会が実現すべき社会であって、幸福の一つの形であるかなと思います。

関根:僕は、経済指標のGDPと幸福指数のGNHには、深い思いをバックグラウンドとして持っています。このままの経済成長だと、地球そのものが持たないということです。
幸福度研究はアメリカで30年以上も前からされているのですが、ベーシックニーズの衣食住が満たされるまでは、右型上がりに上がっていくのだけど、それ以上は、より大きな家、より良いクルマを手に入れても、一時的にボンと上がって、すぐに下がっちゃうんです。幸福度というものは、経済成長、所得に比例しないということなんですね。

「経済成長が大事だ」と全ての政治家の皆さんが言われる訳なんですけど、問題視すべきは「方向性」だと思います。方向のコントロールをして、循環型社会にし、その枠組みの中で成長していかなくてはいけない。
かつて、明治時代から続く印刷会社さんの話を聞きました。山を切っては植林し、山を切っては植林し、4分の1を切ったら、その4分の1はすぐに植林する。ぐるぐる回しながら持続可能な山をつくっているんです。こういう経済の仕方が必要じゃないかなと思っています。GDPが上がればいいという一辺倒は明らかに止めなくてはいけない。GDPだけではない方向性を探るということが必要です。

-行政の限界を表す話として、こういう話があります。「5枚布団があります。でも、10人欲しい人がいます。この時、行政はどういう対応を取ると思いますか?」 
答えは「配らない」なんです。10枚になるまで配らない。国民のニーズが多様化される中で、行政では対応しきれない。そこで、民間やNPOの役割が注目されている。そういう状況がある中で、関根さんにお聞きしたいのは、課題解決に向けて活動していく中で、行政や政治と関わることがあると思います。あるいは壁にぶつかることもあると思います。不便を感じている点や期待している点はありますか?

関根:NPO・NGOの活動現場は、言ってみれば最前線なんですね。国際的なNGOであれば紛争地であって、国境なき医師団など様々な団体が直接的に支援活動を行っている。重要なことは、「発生している物事にとらわれず、発生した原因を考えること」だと思っています。

物事は「構造的な何か」であることが多く、構造的な貧困だとか、国際的な現場に限らずあると思う。結局のところ、貧困撲滅とか格差是正とか、様々な社会問題を解決するためには、この構造にメスを入れていかなければ解決には向かっていかない。
例え話としてNGO関係者で話されているのですが、「誰かが火をつけて、消防士は一生懸命に火を消しに行くんだけど、放火魔を捕まえない限り、ずっと火事は続く。ということは、消防士たちは疲弊していってしまう。」このように、発生したことに対処しているだけでは足りないということなんです。

僕が、去年から取り組んでいる重点的なテーマの一つにエネルギーがあります。「第4の革命」という映画があり、この映画を通じて、全国の皆さんと共有していっています。ボトムアップで、一人ひとりの意識を変えていく。しかし、個人の気づきと行動だけで止めちゃだめだなと思っています。やはり、政策として推進していくような法案を通したい。これが、僕らがやっていることと政治との接点です。市民がグッドアクションを起こしていく。そのグッドモデルを広めていくようなことを政治としてやってくだされば、それが自然と広まっていって、より豊かな市民社会が出来るんじゃないかと思いますね。

-アメリカでは公共政策が進んでいるとのことですが、西田さんは公共政策を専門学問とされています。最後にまとめを加えながら、日米の公共政策の違いについてお願いします。

西田:日本において「公共政策」とその重要性が認知されるようになったのは、ここ20年ほどのことです。公共政策という分野に対して何が期待されているかと言うと、「現場から実証的に政策形成に関する知見を抽出し、かつ実際に使える形で現場に戻していく」サイクルをつくることです。

これは、アメリカと比較すると圧倒的に遅れています。実践的な公共政策が遅れている理由に、「政策人材の流動性の低さ」を挙げることが出来ると思います。
アメリカの場合「猟官制」という政治制度を採用していて、選挙で大統領が変わるとスタッフが全員入れ替わります。辞めた人たちがどこへ行くのかというと、大学やシンクタンクに行くわけです。そこで現場の実践知を学問分野に還元していくというですね。そして、もし次の選挙で勝つと政策形成の現場に戻ってくるというわけです。政策人材の流動性が高いといえますね。こうしたサイクルによって民間にも政策を立案するノウハウや、法律を作成する知見が蓄えられていくのです。

日本の場合は、官僚や政治家がそもそも民間や大学に出ていくことがあまり一般的ではありませんでした。ここ20年でようやく、実務家教員の形で大学に来たり、官僚を辞めた後に政治家になる方もいれば、シンクタンクに勤める方もでてきたという次第です。その意味で言うと、日本の民間には「使える政策」を立案できる人が少ないのが現状です。NPOで活躍されている人がどうやって政策に関わっていくのかというチャネルを確保することと、専門知を持ってコミットしていく人を増やせるかということがポイントであるといえるのではないでしょうか。

最後に、今日の話をまとめていきます。現場には関根さんように多くの活動されている方、活動したいと思っている方がいます。同時に、吉野さんのようにアメリカで留学され、専門知を持っている方がいます。僕は研究者として大学の中にいます。
人がつながりやすくなったと言われますが、現実的には、こういう人たちが一同に会する機会はあまりないのが実情です。若い世代といえばなおさらです。なので、こうして集まることで生まれてくるものは何なのかと言われると、正直まだ誰も分からないですが、ここから何かが生まれると面白くですね。会場の皆さんもこれから質疑応答の形でかかわっていただくことになるわけですが、その一歩が横浜市の市政改善につながり、その先に国政の改善につながっていく、今日はそんな一歩を踏み出す機会になればいいのかなと思っています。

パネルディスカッションの後は、、QAセッションを行いました。グループに分かれてパネラーへの質問を考え、それぞれの質問を投げかけ、双方向の議論となりました。

今後もMy Policy Labでは、継続して、政治をもっと身近に感じ、考えられる場をつくっていきます。次回以降のテーマとして、取り上げてほしい!というご意見やアイディアがございましたら、どしどしご連絡ください。どうぞ引き続き宜しくお願いいたします!